2019年3月7日木曜日

サイファーについて

サイファームーブが苦手。

といったクライマーは存外多い。

僕も結構そのクチで、始めは感覚的に全然うまく行かなくて、

「ああ、これは俺のタイプに合わない動きなんだ」

と思って全然やらなかった。

でも色々観察やら試案やらを経て、今ではむしろ結構得意なムーブって言えるようになってきた。

そんなわけで、

色々なクライマーを見て思う「サイファームーブとはどのように動くと良いのか」という気付きを少しまとめてみようと思う。

何も
「これがサイファームーブのコツだ!」
「こう動かないとサイファーとは呼べない!」
「必ずこう動くべきだ!」
とまで言うつもりはないが、実感として「こうやったら上手い事ハマったよ」という報告みたいなものとして捉えてほしい。


・足の振り方の誤解

サイファーが苦手と言うクライマーは

「サイファーってどんなムーブ?」

という問いに対して

「足を振り子のように左右に振ってその勢いで跳ぶムーブ」

という認識を持っていることが多い。

これが完全に間違いだと言うつもりはないが、この認識がサイファーという動きを見よう見まねで実行しようとしたときに全然上手くいかないという体験をさせる大きな原因の一つなんじゃないかと思う。

まず一つ目のキーワードは「左右に振る」

登っている姿を後ろから何となく見ると確かに壁に対して左右に足が振られているように見える。

しかし【体の向き】に対して考えた時、本当に足は左右に振られているのだろうか?

これはほとんど断言できることだが、
上手に安定したサイファームーブを起こしているクライマーは足を体に対して左右に振ってはいない。

足は体(骨盤の角度)に対して前後に振っている。

ちょっと地面に立って足を振ってみて欲しい。
軸足の後で足を左右に振ってみても、とても安定などしないし、全然力強く振ることができない。

軸足の横で足を前後に振ると、とても安定して力強く振ることができる。



【足は身体に対して左右に振らずに前後に振りましょう】

これがまず今回言いたい結論の一つ。


二つめのキーワードは「振り子」

振り子という物には「関節」が存在しない。
紐だったり棒だったり、それ自体は自発的に動いたりしないものを重力と慣性の力で行ったり来たりさせる機構である。

その振り子のようなイメージをして足を振ろうとすると、当然股関節より下の関節の可動のコントロールを放棄して、脱力したような感じで振ろうとしてしまう。

じゃあ地面の上で足をすべて脱力して前後に振ってみて欲しい。
決して体が上に持ち上がるような力は生じないはずだ。
ただ前後に体が引っ張られて安定性を欠くだけである。

足の振りで体を上に持ち上げるには、振り子の慣性の力だけでなく、筋力を使って足を強く振り上げる必要がある。

ここで大切なのは膝。

腹筋や背筋、腿以下の筋力を使い足を振り、
振った足の軌道が上向きに移行する辺りで膝をぐっと使ってその軌道をさらに上方向に修正してやることで、足の振りが体を持ち上げるための力として有効に利用できる。

足を振るイメージとして適切なのは「振り子」ではなく、

自分のへその前50cmくらいの位置にボールがあって、それを思い切り上に蹴り上げるようなイメージがいいかもしれない。

実際に地面の上でしっかり強く足を振り、タイミングよく膝を動かすと、軸足を動かさなくてもそれだけで少し体が浮く。

これをそのまま壁の上で行いましょうということ。



・壁と体の間の空間はどうなっているか

かなり昔に書いた通り(今読み返すとかなり粗い理屈でおかしいところも多々あるけど大筋の意見は変わっていない)、
ダイナミックムーブを起こす際大切なのは、壁と体の間の空間を意識することだ。

以前の記事では基本的に「動きだし前に壁と体に空間を開け、動き終わりに壁と体の間の空間が小さくなっているように動く」
というふうな趣旨だった。
(というかこの時って全部敬語で書いてる……いつからこのブログ敬語で書かなくなったんだっけ……)

サイファーで動く際も勿論その考え方は重要で、そしてさらにその空間の形についてもう少し複雑に(複雑ってほど複雑じゃないけど)考える必要がある。


まず、前項で【足を前後に振る】と書かれているのを読んだ時点で異論を述べたくなった方はいないだろうか?

「そんなふうに振ったら足が壁を蹴っちゃうじゃん!」と。

そう。
それは実に全うな考えで、なのでそうならないために、足を振る時には身体(少なくとも腰より下)を壁に対して横に向ける必要がある。

壁と腰が平行に向かい合っていては足は振れず、その状態で足を振ったとしてもそれは左右に足を振っていることになり、不安定で力の無い足振りになってしまう。
左右に足を振ることのデメリットは実は不安定で力が弱いだけでなく、もっと致命的なデメリットとして、「腰を壁から遠ざけてしまう」というものになる。

足を左右に振ろうとすると、振っている足は体の後方で楕円を描く様な軌道で戻ってくる。
その際、振った足が腰を後方に引っ張るような力が生じることになる。



もし足を左右に振って勢いをつけて次のホールドに届いたとしても、そのホールドは腰が後ろに引っ張られながら掴むことになり、非常に難しいタイミングと力が要求されてしまう。

足を前後に振るためには、
振る足のほうの腰を壁から遠ざけ、壁と腰に角度をつける。

つまり体の前面は壁ではなく次にとるホールド方向を向く。



この時、壁と体の間の空間は変形された形をとることになる。

両手両足をついて真上に出るようなムーブを起こす場合は、
なるべくきれいな四角形(台形)の空間を作って、素直にそれを潰すようなイメージで出て行けばいい。



しかし体を横に向けた場合、
壁と体の間の台形の空間は三角形に近い形に歪むことになる。

そして勿論次のホールドを取った時にはこの空間は潰れていなければならない。



そのためにはムーブの途中に半身をひねる必要がある。

これはドアをイメージすると分かり易いと思う。

残すほうの手を蝶番、体そのものがドアであると見立てて、
動きだしの前に大きくドアを開き、ドアを閉じながら動き、動き終わりにはドアは閉まっている。
そういうイメージ。

足の軌道も腰の捻転に併せて少し変化することになる。
最終的には足の軌道は壁と並行ではなく少し壁に向かっていくような軌道になる。
いや、腰の捻転に併せてというよりは足の軌道を壁に向かわせることで腰の捻転を生じさせるという順序になるのか?
まあとにかく振り上げきった瞬間にはつま先や膝頭の向きは壁の方向を向いているはずである。



このように、三角形に近い形の空間を作り、その空間を潰しながら動くことで、
取りに行く方の手、肩、腰が、壁に向かっていきながら次のホールドをキャッチする事ができる。

動き出し前の壁と体の間の空間が偏りの無い四角形の場合、なんとなく足が振りにくいはず。
そして空間の三角形の向きが逆の場合(出す方の肩が壁に近くて残す方の肩が壁から遠い状態)全然サイファーでは上手く飛び出せないはずだ。


・視線の動きと頸反射

頸反射という単語を聞いたことがあるだろうか?
これはごく簡単に言うと
首の動きに反応して体の他の部分が連動的に動くような現象のこと。

神経系の働きによるものらしいけども、詳しいメカニズムは良くわからない(笑

以前、ランジについて書いた時に
「残した方の手を見ると止まる」といった趣旨のことを書いたけれど、これも実は頸反射の一種なんじゃないかと思う。

今回言いたいこともまさに「残した方の手を見る」ということで(というか大体のムーブにおいてこの視線移動は正義だよなあ)

前項での腰の捻転の動きについてを言葉にすると、結構な長文になっているし、なんだか複雑そうでよくわからないと思う方も多いはず。

しかしこの視線移動による頸反射の利用によってあまり難しく考えずに動き出し前の空間作りと、動きの中での腰の捻転を生むことができる。

まず、動き出し前
単純に目標のホールドに顔をしっかり向けてよく見る。この時、少し頭を後ろに反らしてもいい。
すると自然に肩も目標方向に開き、そこで腕を伸ばして体を後ろに引けば三角形に近い空間が自然と開くはずだ。

次に、
体を振って飛び出して、目標のホールドを取る直前には残した方の手に振り返る。
この意識を強く持っていれば、ムーブの途中に「首が振り向く」という動作が必ず内包される。
そしてこの「首が振り向く」という動作に連動して肩が回転し、腰も回転する。

このように、ただ視線の方向を意識して移動させるだけで、体も自然とそれに併せて動いてくれるはずだ。

勿論、この視線だけでゼロからすべてが解決するわけではないが、
「概ねフォームはできているはずなのに上手くいかない」
「ホールドには届いているのに掴めずに落ちる」
くらいの段階に居る場合、あとはこの視線だけを意識すれば簡単に上手く行ったりすることは多いと思う。


長々と理屈っぽく書いたので
「いや、わけわかんないよ!」
「そんな理屈とかどうでもいいよ!」
「もっとわかりやすく一言で!」

そんな風に思う人も多いと思うのでなるべく短く要点をまとめると

①まず体ごと目標ホールドのほう向いてよく見ましょう
②足を前後に強く振りましょう
③動き終わりの辺りで振り向いて残した方の手を見ましょう

このへんを意識するだけでサイファーが結構サマになってくるんじゃないかと思う。



・最後に

今回の記事を書くにあたって何度も観た動画がコチラ

プロクライマーCarlo Traversiがピョンピョン跳ぶ楽しげな動画です。

まず注目して欲しいのは1:15くらいの、
黒板になんか書いてる後ろで、カルロが足振って跳んでいるところ。
この振りかた!
この跳びかた!
これをやりましょう!
っていうことを理屈ったらしく長々書いているのがはじめに書いている
【・足の振り方の誤解】
感覚派の方はもうこんなん読んでないでそこを観て下さい。

次に観て欲しいのは1:26~1:37くらい
遠いランジを一度失敗して、足の振りを確認してからもう一度跳んで成功させるシーン。
(失敗シーンは演出上意図的にやっているんだろうけど)

失敗シーンは、足も良く振れているし、腕も良く引けているけど、右半身が全然壁に向かって捻転していっていないのが分かる。

成功シーンは、右半身がギュルって感じで捻転して壁に向かっている。
足を左に振りきっている瞬間、腰は壁に垂直くらいまで開いているのに、右手を離した瞬間くらいには腰の角度は壁と並行まで閉じられているのが分かる。



そして止めた時には視線は左下。そうすることで右肩のポジションが右手のホールドの下にしっかり入って振られないぶら下がり姿勢を実現している。

2:05~の横からのアングルを観ればいかに右腰が開かれているかと、振っている足のつま先の向き、膝の向きがどう変化しているかが分かり易い。


結局のところ百聞は一見に如かず。
上手い人の登りを見て学ぶほうが文章を読むよりもよっぽど分かり易い。

でも、
「上手い人は上手いからできるんでしょ?」
「強いから遠くまでとべるってだけでしょ?」
「保持力が違うから…」
そんな風に言って

「強い人は強い人、自分は自分」

みたいな感じで他者の登りから学ぼうとしない姿勢では、いくら上手い人の登りを見てもなにも学びとれることはない。

サイファーだったら

「なんか強い人が足を横に振って跳んでた!カッコいいからまねしたろ!」

くらいの気分でなんとなく真似して(それはそれで良いことだと思う)
で、出来なくて、

「ああーアレは強い人専用ムーブだわー。弱い俺には出来ないやつだわー」

ってなってゆくゆくは

「サイファー苦手です」

みたいに言うんじゃなくて、
なんとなくカタチだけそれっぽく真似しようとせず、もっとよく見て、

【どういうフォームでやればいいのか】
【そのフォームにはどういう意味があるのか】

ということを観察して、考えたりすること。
あとは手本となる上手い人に聞いたり、仲間と技術的なことについて話し合ったりすること。

そういうことが結局一番大切なんだと思う。

身体的に強くなるってことには、年齢だったり骨格や体質だったりでなにかしら限界はあるかもしれないけど
技術的なことは「上手くなろう」という意思さえあれば誰でもいくらでも上手くなれるはずだから。

でもこの「上手くなろう」という意思を持ち続けるっていうのもまた難しい話で……

まあそのあたりの話はまた別の機会に。

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