2018年1月6日土曜日
鍛錬の年2018年
流れが悪い。
ゲームだったり、ギャンブルだったり、競技だったり、
そういった【勝負事】において、確実に
『流れ』
といったものは存在している。
それはオカルトや精神論で片付けられるようなものでなく、
「風が吹けば桶屋が儲かる」的な、あるいは「バタフライエフェクト」的な意味で、
自分や相手のプレイングや姿勢が全体の流れを作り、最終的に自分達に運や偶然のように見える形をとって返ってくるものだと僕は思う。
そういった意味で、
勝負事の中でほど明確な形は取らないけども、
もっと大きく「生活」あるいは「人生」の中にも『流れ』は確実に存在していて、
その『流れ』の悪さを漠然と年明けくらいから感じ続けていた。
そして今日、
その流れの悪さがついに具体性を帯びた事態を引き起こした。
右ひざの負傷。
これはもう経験から完全に解るんだけど、
外側側副靭帯損傷で間違いない。
同様の怪我をもう過去に右ひざで1回、左ひざで2回やっていて、半分クセみたいになっているのかもしれない。
これも経験から解るんだけど、今回の程度だとまず
歩行は問題ない。
日常生活に支障は無い。
仕事も出来る。
直登系の課題を登ることも出来る。
ただ、
右でヒールするのは今後1ヶ月は厳しい。
正体で右にかきこんだり乗り込んだりも難しい。
要は、ひざに横方向の力が強く加わるような動きは暫くしたくない。
そんなもんだと思う。まあ重症ではない。
ただ、経験というものは時に客観的な視点に対して強いバイアスをかけることもあるのであまり過信しないようにして、暫くはしっかり様子を見よう。
こういうふうに怪我をした時に、
「もう年だからな」
なんていう風にだけは思わないようにしている。
若くたって怪我はするときはするし、
自分より年上で怪我をまったくしない人だって居る。
怪我の直接的な原因はいつだって年齢以外のところにある。
(遠因のひとつとして年齢があることは認めつつ)
今回の場合は完全に自分の不注意だった。
神戸の驟雨をそろそろ登ろうとやっていたんだけど、
僕の場合は一手目で右手ピンチを取って、二手目で左方向のポケットにめがけて出していくっていう選択をしていた。
二手目を取る時に右足ヒールをしっかりかけてそれで体重を保持するとスタティックに取れるのでそのムーブを採用していた。
ただそのムーブは右足にほぼ全体重を預けるため(だからこそ手が楽になるんだけど)膝に強い負担がかかることは解っていた。
なので朝イチでしっかり膝のストレッチと体操をやってはいたんだけど、
その後ランジの練習や指のアップなどをひとしきりやり終えてから、
「さあじゃあ繋げてみるか」
となった時、下半身は逆にすっかりまた冷え切ってしまっていた。
結果、
ヒールに体重が乗り切った瞬間に、右ひざから「パカッ」だか「ポコッ」だかいう乾いた音が聞こえ、慌てて着地した。
油断があった。
精神的に雑だった。
そこでまたもう一度膝に気を使ってやるべきだった。
自分の膝はそのムーブで怪我をしやすいってことをもっと考えておくべきだった。
そういう意味で、
この怪我は「謂れの無い不運」ではなく「自分のミスが引き起こした失態」だ。
もっと言うと、
この年始ずっと自分はだらけていた。
やはり年末に目標を達成してしまっていたことで多少気が緩んでいたのだと思う。
そのだらけが生活の上でも流れの悪さとしてなんとなく現れていた。
今日だってなんだか気合いが入っていなかった。
岩に行くっていうのになんだか気分はぼんやりとしていて、
「ちょっと適当に登って適当に帰るか」
くらいの気分だった。
だらけている。
ふざけている。
岩を登るなんてね、もともとは命がけの行為だよ。
発達した道具に助けられて無傷でいることに慣れ、危機感を失っていた。
むしろ良かったよ今回、こんな小さな怪我で済んで。
この流れのまま進んでいたらどこかで命にかかわるような怪我をしていたかもしれない。
この怪我は戒めだ。
「ここからまた気を引き締めろ」という。
そしてまたいい機会でもある。
最近は「課題に打ち込む」ことに注力しすぎていて、
「フィジカルの向上」「保持力の向上」のためのトレーニングに目を向けられずにいた。
どの道、オロチを登るためには基礎能力の向上が不可欠だと思っていたので、
今シーズンはもう課題を追うのは止め、トレーニング期ということにしよう。
膝がしっかり実践レベルに戻るまでたぶん2ヶ月くらい。
その期間で「怪我をして逆に良かった」と思えるくらいレベルアップしよう。
というわけで、
今年は
鍛錬の年
とする。
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