「ポストチーム5.10」を探す作業も遂に終わるはずだ。
そういった期待を込めて購入したアンパラレル・フラッグシップ。
(ゼニストは、うん、だめだったよ。悪い靴じゃなかったけど自分にはフィットしなかった)
数か月使用してみたので、今回はそのフラッグシップの使用感を書く。
結論から言うと、「ポストチーム5.10」としてこの靴は充分機能してくれるだろう。
(『だろう』というのはまだ岩では十分に使用できていないからだ。ファッキンコロナ)
それくらいこの靴は高性能で「登れる靴」に仕上がっている。
切り札の一つとして常時1足手元に置いておいて損は無いと思う。
まずカタログスペックからして面白い。
トウラバー・ヒールラバー・ソールラバーにそれぞれ異なるラバーを使用し、
それぞれのパーツを独立して目的ごとに最善のカタチを目指して作り上げようとしているようだ。
なんというか、ひとことで言うと
「ぼくのかんがえたさいきょうのクライミングシューズ」
を本気で実現しようとしてみた靴、といった感じ。
もう、こういうコンセプトで靴を作ろうを思ったこと自体が冒険的であり、それだけで評価できる。
これは性能が低いわけがない。
ROCK&SNOW 93号の『シューズテスト』において3人のテスターが全員満点をつけたというのも納得だ。
この靴を、ヒールフック性能、エッジング性能……などと項目を細分化させ、数値的に評価していくとしたら満点に近い高得点をつけざるを得ない。
しかし
そこで視点を少し引いて『靴』全体のバランスを感じた時、ちょっとした違和感が生じる。
「あれ?こんなもんなのか?」
と。
パーツパ―ツのスペックを見た時にはそれぞれが最高峰であるにも関わらず
それを『ひとつの靴』としてまとめ上げた時に、それぞれの機能が相乗的に高め合っているとは言えず、
むしろその魅力をやや損ないあっているのでは?とすら感じさせられる。
喩えて言うなら「カツカレー」
トンカツとかいう最強に美味い肉料理をカレーとかいう最上に美味い料理に乗せるんだから不味いはずがない!
でも、あれ?食ってみるとこんなもんか……いや、美味いことは美味いんだけどね?
カツ(美味さ1800)カレー(美味さ2000)が融合したんだから
カツカレー(美味さ4500)くらいになるんじゃね?と思っていたのに
実際はカツカレー(美味さ2700)くらいに落ち着いちゃってる、みたいな。
スペシャリストとしてのパーツ
この靴において
ヒールラバー及びその周辺の形状は「ヒールフック性能」を高めることばかり考えて作られているし、
トウラバー及びアッパーの構造は「トウフック性能」を高めることばかり考えて作られているように感じる。
例えば
ホールドをエッジングした際に、捉えた力をスムーズに体幹部へ送り届けるための「受け」としての機能が、このヒールはちょっと弱い。
ホールドをエッジングした際に、爪先の剛性を高めるための役割を、このトウラバーはあまり担っていない。
それぞれ素材の異なるソールラバーとヒールラバーを繋げる部分が弱く、靴の前半部と後半部が構造的に分断されている。
土踏まずあたりに剛性が無く、ペコペコと簡単に曲がる。
勿論それを「自由度がある」と評価することもできる。
ただスポルティバのP3システムや、ミウラー等のワンピールソールの安定感に馴染んでいる人(僕です)にとっては
強く踏み込んだ時に頼りなさを感じてしまう。
このあたりはチーム5.10のほうが良かったと思う点でもある。
トウフック性能もヒールフック性能もチーム5.10よりフラッグシップが上ではあるが、
細かいホールドに体重をかけて踏み込んだ時の靴全体の一体感や安定感はチーム5.10のほうが上だったように感じる。
これはヒールフックをかけた時にも若干感じるものがあって、
スポルティバ系の靴でヒールフックをかけた時は「靴全体」でホールドに対して力を加えているような感覚があるが、
フラッグシップの場合はヒールのパーツだけがかかっているような感覚になる。
まあでも、かかっていることは確かで、それこそチーム5.10と比べれば圧倒的にヒールフック性能は良い。
ROCK&SNOWのシューズテストでもそうだが
シューズを評価する時の「エッジング性能」というものの定義はかなり曖昧で、
それが
①「体重が抜けた状態でも細かいホールドに引っかかってくれる能力」なのか
②「細かいホールドに踏みこんだ時にしっかり食い込んで安定してくれる能力」なのか
③「細かいホールドに全体重をかけた時にしっかり体を持ち上げてくれる能力」なのか
①~③が全てバランスよく備わっていることなのか……
そのあたりをしっかり定義して話している人は少ないと思う。
フラッグシップに関して言えば、①②の能力はかなり高いが、③の能力はやや低いと感じる。
③の能力はどちらかといえば「エッジング性能」として語られることは少なく、また、そこに分類することに違和感もある。
あえて名前を付けて呼ぶとしたら「立ち込み性能」とか「乗り込み性能」「踏み込み性能」といったほうがいいだろうか?
そしてROCK&SNOWのシューズテストの項目にそれは無い。
上級者にとっては③の能力は靴に不要だという考え方もあるかもしれない。
履いた人自身の足指や足底筋の強さによってそれはカバーすることができるからだ。
それよりも「ソールのフリクション」という自分の力でどうすることもできない単純な物理的効果をシューズ側には強みとして持っていて欲しいと思うのも尤もだ。
エッジングにしてもヒールフックにしても、この靴は「ひっかかってすべらない」ところまでは合格点以上の性能でやってくれる。
ただしそこから「体を持ち上げる」という行為はあなた自身でやってくれといった主張を感じる。
体重も重めで手で引く力も弱い(要はザコな)僕のようなクライマーからすると
そのあたりにもう少しサポートが欲しくなってしまう。
スポルティバのP3やスカルパ・フューリアシリーズのテンションラバーのような、セパレートソールでも靴の前半部と後半部の一体感を高める工夫をしてくれれば嬉しかった。
そういえばこの靴はアンパラレル初のセパレートソールの靴だ(そうだよね?違ってたらすみません)
5.10の時代でもセパレートソールの靴って無かったような気がする。
ひょっとしたら、メーカーとして、セパレートソールでの靴全体の一体感を作る構造というのはまだ模索している段階なのかもしれない。
しかしトウフックに関しては文句のつけようがない。
土踏まず付近が簡単に曲がるため、足を甲側に反らせやすい。
トウフックに関しては靴の前後の分断が完全にプラスに働いている。
こうなるとやはりこの靴の前後の分断は「やむを得ず」ではなく意図的に作られたものなのかもしれないとも思わされる。
靴の一体感や安定感といったものや、体を持ち上げてくれる性能といったものはトップクライマーは求めておらず、それよりもフッキングやエッジングを自在にコントロールできる自由度を求めており、その声に応えた結果であるということなのかもしれない。
いずれにせよ、やはりこの靴は「上級者用の靴」なのだということを思わずにはいられない。
足入れとベルクロ
これはフラッグシップに限らずアンパラレルの靴全般に言えることだが
とにかく履き口が狭い!
狭いうえにフチの処理が固いのでけっこう痛い。
足を入れてしまえばそこそこ快適なサイズなのに履くときに苦労してしまう。
これは、いくら「サイズを攻めるな!」と言っても相変わらず攻め続けるクライマーが多いから攻めることができないようにワザとやってるんじゃないだろうか?
さすがにそんな意図ではないと思うが。
恐らくこの口の狭さは、スリッパタイプとして履いた時の想定で作られており、メーカー側がベルクロの拘束というのをあまりアテにしていないということなんじゃないかと思う。
実際にこの靴をベルクロを締めずに登ったとしても、ベルクロを締めて登った時に比べ踏み込み時の力の逃げが特段大きくなったように感じない。
靴全体の剛性を、ベルクロ込みではそんなに計算していないように感じる。
「スリッパモデルとしての完成形」を作ったうえで、ベルクロを後からつけましたといった感じ。
ここで比較対象としてセオリーのベルクロを見てみるが、
セオリーのベルクロはその付け根が靴の構造体と広く密接な関係を持っていて、ベルクロを締めることで足首全体が包まれるようにサポートされる。
逆にベルクロを締めずにいる状態だと踏み込んだ時に足の甲の付け根あたりから力が逃げていくのを感じる。
フラッグシップのベルクロはそういった構造ではなく、ベルクロはベルクロでほとんど完全に独立している。
セオリーのベルクロはなんとなく広い「面」で抑えているように感じるのに対し、フラッグシップのベルクロは「線」で抑えられているような感覚だ。
セオリーはベルクロを締めることではじめて「きちんと履いた」と言えるが、
フラッグシップは、まずスリッパタイプの靴として「きちんと履いた」あとに、補強のためにベルクロを締めるといった感じ。
フラッグシップのベルクロは「構造上絶対に必須!」というものではなく、安心感を確保するための保険みたいな役割が大きいように感じる。
これは完全にただの推測なんだけど、本当はこの靴、ベルクロを付けたくなかったんじゃないだろうか。
でもハイエンドシューズにベルクロが無いってのはどうかな?という理由や、テスターの要望に応える形でつけられたものなんじゃないだろうか。
このあたりは好みの問題もあると思う。
そもそもスリッパタイプの靴が好きでベルクロで足を拘束するということに違和感を持つタイプの人は、セオリー的な構造よりもフラッグシップ的な構造のほうを好むかもしれない。
個人的な好みを正直に言うと、この履き口とベルクロ周辺の作り方はあまり好きではない。
「カツカレー」はそれでも美味い
かなり長くフラッグシップに対する不満点をつらつらと並べてしまったが、
冒頭でも述べている通り、僕はこの靴を切り札の一つとして常時手元に置いておきたいくらいには評価している。
逆にここに書いていること以外には不満点はほぼ無いということでもある。
良い点を挙げるよりも悪い点を挙げたほうが早いということでもある。
「全体のまとまりのなさ」のようなものについて述べたが、それもまた一種の個性であり、
各パーツの各性能を最強にしてやるぜ!っていうまるで素人の妄想のような代物がきちんとした形で1個こうして完成したということ自体素晴らしい。
そして実際に各パーツの各性能がバッチリ高いことは間違いない。
この靴は多くのクライマーにとっても非常に有益な武器になると思う。
たとえ完璧な調和がとれていなかったとしても、カツカレーってのはそれだけで美味いのと同じように。
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