先に予防線を張っておくと、これはあくまで三流の素人クライマーが色んなところで見たり聞いたり教わったりした材料を咀嚼して自分の中で消化した結果出てきた考えであり、正規の教育として普遍的に正しい考えというわけではないですよと言っておきます。
参考にしたものの中で解りやすくかつ一般に公開されているyoutubeの動画なんかをいくつか記事の最後に紹介しますので、文章を読むのが苦痛だという方は本文をすっとばしてそれを観ることをオススメします。
すると手の軌道は体の軸に対してやや後方に向かっていることが分かります。
次に同じ姿勢から手の平を内側に向けながら(=小指側に回しながら)下ろせるところまで下ろしてみましょう(図2)
図2
手の軌道は体の軸に対してやや前を通って下りてきます。
この違いがスローパーを持てるか持てないかを分ける要因の一つとして働きます。
外傾したスローパーを手で抑えて、それを後方に向かって引っ張ると抜けてしまうというのは容易に想像が付くと思います。
人差し指側に絞りながら力を込めれば込めるほど、抜ける方向に向かって自分から引っ張っているということになります。
(これがインカットしたホールドであればしっかり握り込めば抜けることはありません。その場合、体を壁の方へ引き付ける力として働きます)
小指に絞りながら力を込めると「引く」動作の中にやや「押す」ような感覚が入ります。
そうすると力を込めれば込める程、手の平は強くホールドに押し付けられることになります。
スローパー保持が極端に苦手な人の中にはホールドと手の間に発生するフリクションというのは体重によって自然発生するもの以外に無く、それは接触面積の多寡によってしか左右されないと思っている人がたまにいます。
もし、スローパーを体重によって自然発生するフリクションだけで留めておこうとすれば、あと自分が出来ることはポジションの調整だけになり、もし絶好のポジションを見つけたとしても今度はそこから動き出すことができなくなります。
小指側に絞るように力を入れることで、手の平を背中の力で押しつけて能動的にフリクションを強めることができます。
「スローパーは下に入って効かせなさい」という神話
壁から体を離すとキツイ。壁に近づいたほうが楽になる。
これはもはや常識というか物理的に自明と言ってもいいかもしれません。
そこから生まれた神話が「スローパーは下に入って効かせなさい」です。
これは少なくとも10年くらい前まではかなり支配的な考えとしてクライミング界に浸透してたんじゃないかと思います。
(現に僕は初心者時代は色んな人にそう教わりました。地域的な差もあるかもしれませんが)
ひょっとしたらスローパーに限らず全ホールドそのように持ちなさいと教わった人も多いのではないでしょうか?
しかしこれは現代のボルダリングには通じない旧い神話と言えるでしょう。
「ホールドの下に入って効かせる」のはその場にずっと留まり続ける限りかなり有効な手段です。
クリッピングやレスティングの際は非常に有効だし、フットホールドや保持しているホールドがインカットしている場合にも有効に働くことがあるでしょう(動き出す際に体が壁から離れて行こうとしてもインカットホールドを引き込む力で軌道修正できるため)。
しかし現代のボルダリングにおいてハードでパワフルな課題を登りきるためには、スタートからゴールまでしっかり強い力を使い続けて動きを連続させることも求められます。
その際「ホールドの下に入って効かせる」という概念は邪魔になってくることもしばしばあります。
旧い神話に対抗してここで提唱したいのは「スローパーは体の前で持て」です。
恐らく「カチは得意なのにスローパーは苦手」という方の多くは、もう少し詳しく言うと
「スローパーの下に留まり続ける事はできるがそこから動き出して次のホールドを取ることができない」
ことが多いのではないでしょうか?
スローパーからデッドで距離のある一手を取りに行く状況を仮定してみます。
「壁から体を離すとキツイ。壁に近づいたほうが楽になる」が自明だとしたら
「スローパーを両手で持っている動き出しの直前」と「次のホールドを取った瞬間」のどちらが壁に近づいているべきでしょうか?
多く場合後者になると思います。
(持ってるホールドがクッソ悪いが行き先はドガバの場合などが例外)
「スローパーは下に入って効かせなさい」に従って壁に近づいて構えてみます。
ここから手を出すと、次のホールドに触れるタイミングでは体は後方に向かっていることになります(図3)。
図3
(ちなみにこの試行では失敗して落ちてます)
逆に、構える段階で体を壁からある程度離してみましょう。
ここから手を出すと、次のホールドに触れるタイミングで体は構え時よりも壁に近づきます(=壁に向かって行きながら次のホールドを取っていることになります)(図4)
図4
壁から離れながら次のホールドを取るよりも、壁に向かいながら次のホールドを取ったほうが安定しますね。
(ちなみにこの出発点のホールドがインカットしている場合、握り込む力で常に体を壁に引き寄せ続けることでずっと壁から離れずスタティックに動けるかもしれません)
しかしここで思ってしまうのが
「そもそもスローパーを持って壁から体を離せないんだってば!離した時点で落ちちゃうよ!」
ですね。
そこで「小指側に絞る」の実践です。
騙されたと思って小指側に絞って体の前でホールドを持ってみようとしてみて下さい。
その時重要になるのが「背中で持つ」という例のキーワードです。
「背中で持つ」という言葉に対する漠然とした理解
これもクライミング界ではおなじみのフレーズ
「背中で持つ」あるいは「背中で効かせる」
スローパー得意民は平気でこの言葉だけを投げつけて、それが出来ないカチラーを嘲笑しがちです。
そしてカチラーのあなたは一生懸命背中に力を入れようとします。
この時あなたはどのように背中に力を入れるでしょう?
図5を見てみましょう。
図5
左図では両肩甲骨を背中の中心に向かってギューっと引き寄せるよう力を入れています。
右図は肩甲骨同士は距離を保ったままです。それでいて肩甲骨はやや下に向かいます。
左図のような姿勢をとることを「背中で持つ」と思っている人は多いんじゃないかと思います。
なにせこの姿勢を取るとめちゃくちゃ「今、背中に力入ってるぅ~!」と感じます。
でもこれは実際には主に肩(僧帽筋あたり)に力が入っています。
右図のほうが広背筋に力を入れることができています(右図のほうが広背筋が膨らんでいるのが見て取れます)。
ちょっと二つの姿勢を作ってみて、誰かに僧帽筋と広背筋あたりを触ってもらってみて下さい。
「背中」が広背筋のことを指しているのだとしたら「背中で持つ」を実践出来ているのは右図の姿勢ということになります。
この辺は
力を入れるべきは人差し指側か小指側か
の懸垂している図を参照してもらうと解りやすいと思うんですが、人差し指側に絞りながら懸垂すると自然に肩の位置は上がり肩甲骨が中心に寄ります。
小指側に絞りながら懸垂すると自然に肩甲骨はやや下にさがり、その下あたりの筋肉(広背筋)に力が入ります。
ここでちょっと図1と図2を思い出してみましょう。
図1
図1の引き方を両手で行うと大体図5の左図のような背中の形になります。
図2の引き方を両手で行うと大体図5の右図のような背中の形になります。
「背中で持つ」という謎ワードを漠然と実践しようと思って肩甲骨を真ん中に寄せようとすると、人差し指側に絞る形で引くことになり、肘は開き、頑張ってホールドから抜ける方向に力を込めることになるということですね。
右図のような姿勢を取るためにはやはり小指側に絞る意識が大切です。
小指側に絞る→肩甲骨を下げる→広背筋を使う=「背中で持つ」
というイメージです。
なので「背中で持つ」を実践しようと思うと必然的にホールドは体の前で持つことになります。
前章でスローパーは壁から離れて体の前で持てということを書きましたが、「背中で持つ」ができれば、壁から離れようと特別意識しなくても大体自然とそういうポジションに収まるということになります。
これはスローパーに限らずピンチでもガバでもカチでも適用できる考え方です。
小指側に絞って背中で持つことを意識すると、必然的にホールドは体の前で持つことになり、すると壁と体の距離が適度に保たれ、後ろから前の動きで壁に向かって行きながら次の一手を出すという動作が行ないやすくなります。
スローパーに限らず、デッドで手を出すのが苦手だ、という方もこの方法を意識してみると改善されるかもしれません。
まとめ(パワーも大事)
おおむね「小指側に絞る」がすなわち「背中で持つ」ことに繋がり、スローパーを処理しやすくなるという話をしてきました。
ここで重要なのは、これを実践するにはそもそもある程度背筋は強くなければいけないということです。
「スローパーは得意だがカチが苦手」という人の多くはクライミングの前に何らかのスポーツをやっていたりして背中をはじめとした体幹部の筋力が発達しており、しかし指が十分に鍛えられていない状態だと考えられます。
カチに対応するための指そのものの力はクライミング以外で中々鍛えられるものじゃないし、時間をかけずに一気に成長させられるようなものでもありません(そんなことしようとしたら大抵怪我します)。
なので「スローパーは得意だがカチが苦手」という人にはフィンガーボードにぶら下がったりカチ課題を沢山やったりといった、数か月~数年単位の地道な積み重ねが不可欠になります。
一方で「カチが得意」ということはつまり、地道に積み重ねたクライミング経験が間違いなくあるということですね。
結局のところスローパーは技術だけでは持てません。
当然ですが「背中で持つ」からには背中のパワーがモノを言うということになります。
ただし大抵の場合クライミングをしていれば背中はある程度自然に鍛えられます。
『鉄棒でフルアップの懸垂が5回以上できる』
最低限これくらいができる背筋力であれば、それはかなりスローパーの保持に貢献するはずです(カチは得意と言えるほどクライミングをやってる人ならば難しくない条件かと思います)。
あとは「背中で持つ」技術さえしっかりしていれば一般的なグレーディングとしての3級~2級くらいに登場するスローパーは大体うまく処理できるんじゃないかと思います。
それくらいの懸垂ができません!という人はまず懸垂トレーニングをしましょう。
懸垂10回連続で出来るくらいになれば「背中で持つ」技術さえあれば1級~初段くらいまでの大抵のスローパーは処理できるんじゃないかと思います。
余談
これは筆者の個人的な話になりますが、僕は初めて四段を完登(←これ自慢してますよ嫌な奴ですね)した当時連続でできた懸垂の最高記録は12回でした。
RPグレードに対してあまりにも情けないパワーだとコンプレックスを抱えてもいました。
やはりスローパーはカチに比べればかなり苦手でした。しかし初段レベルくらいまでならなんとか対応できていたと記憶しています。
ここ2年くらい「これじゃいかん!」と懸垂トレーニングに意識的に取り組み、なんとか連続20回くらいはできるようになってきました。
そうするとやはりスローパーの処理の安定感は増してきました。
やはり懸垂は大事ですね。
(おまけ)何故6mmプレートにぶら下がれるのにもっと厚いカチで構成されたカチ課題を登ることができないのか?
beastmaker microsの登場によって、できるだけ薄いプレートにぶら下がる保持力トレーニングはもはやメジャーな方法の一つになってきました。
そんな最近ちらほら見かけるようになったのが
「beastmaker micros 6mmにぶら下がれるようになったのに、いうほどカチ課題登れるようになってない現象」です。
これも小指側に絞ると人差し指側に絞るの違いである程度説明できると思っています。
microsのような薄いプレートにぶら下がろうとするとき、図6のような姿勢を取る人は結構多いかと思います。
図6
「ホールドの下に入って効かせる」をやっているということですね。
この姿勢からだとここからムーブを起こせません。
ここから上に手を出すためには、動きの中でホールドの下に潜り込んでいる頭や胸を一旦後ろに出してこなければなりません。
ぶら下がっているだけで精いっぱいの悪いホールドでそんな動きをしたら後ろに吹っ飛んでしまいます。
純粋に指に強い刺激を与えて腱や関節を鍛えるという目的としてはこのような姿勢でぶら下がるのも良いと思います。
しかしそのホールドを登りの中で扱えるようにするためのトレーニングになっているのかと問われると疑問が残ります。
図7のような姿勢でぶら下がってみるとどうでしょう。
図7
この姿勢からなら上にあるホールドを取りに動き出せそうです。
図6の姿勢でも図7の姿勢でもどっちでもぶら下がれます、という状態になれば、それはきっと同じ厚さのホールドを登りの中で扱えると言っていいと思います。
どっちかはできるけどもう一方はできないという人はできないほうを練習してみましょう。
beastmaker microsのような厳しいプレートはついそれにぶら下がる事自体が目標のチャレンジになりがちですが(それはそれで楽しいので良いとも思います)、それが登りの内容に直結する良質なトレーニングになるかどうかは目的意識と取り組み方に左右されると思います。
参考
ホールディングのコツ ボルダリングやクライミングにおいて保持力を上げるための握り方
https://www.youtube.com/watch?v=GBaYazW8s7c
理学療法士のクライマーの方が上げている動画です。
身体の専門家からの目線で、小指側に絞って引くことのメリットがわかりやすく解説されています。
【部活道】8箇条 前編 ボルダリング・クライミングの基礎がわかる!
https://www.youtube.com/watch?v=gAjtxrn-0xw&t=3s
ボルダリング界隈の人気チャンネルである、部活道チャンネルより。
スローパーに限らず「前で持つ」ことと「小指から」持つということを『型』の一部として提唱しています。
スローパーが持てるようになる〈4つのポイント〉‼️ by楢崎智亜
https://www.youtube.com/watch?v=7gXJap42ZP8
誰もが知っているプロクライマー楢崎智亜氏の解説。
3:00あたりから「肩甲骨を下げる」ことについて語られています。
ここで紹介されている「スローパーを持てない人がよくやっているパターンとしては、肩が上がって肘が開いているパターン」
は、まさに人差し指側に絞る意識と「背中で持つ」の間違った理解から生じるフォームだと思います。
4:15あたりから壁と体を離すことの重要性について語られています。