2020年11月19日木曜日

力を入れるべきは人差し指側か小指側か

 ◯はじめに

先日ツイッターでこんなアンケートをとってみました。

人差し指側と小指側どちらに力を入れるか。


そもそも全体がかなり少ない票数なので、

どちらが多いかというのは特に大きな意味はありません。

ただ「意見が分かれている」ということが重要です。

これは単に好みの問題でも、どの指が強いかの問題でもなく、

もっと大きく身体全体の動かし方に関わってくるものです。

その違いを自分なりに分析し、まとめてみたいと思います。


◯ぶら下がり姿勢の違い

ホールドを持つとき、どちら側に強く力を込めるかで姿勢に違いが表れる。


◯懸垂するとどうなるか


(※違いを顕著にするためにかなり大げさに力の偏りを作って保持しています。)


◯何故このような現象が起きるのか?

人差し指側に力を込める場合、腕は内旋(内側に旋回)しようとする。

小指側に力を込める場合、腕は外旋(外側に旋回)しようとする。

この腕の内旋・外旋の動きが肩の動きに連動し、肩の動きは背中や胸、首の動きに連動する。


◯「腋を締める」というワードについて

スポーツの場でよく言われる「腋を締めろ!」

それを、腋の下に空間が空かないように二の腕をぴったり体にくっつけることだと誤解している人は多い。

しかしそれは「腋を閉じる」という動きであり、腋が締まるとはまた別の運動だ。

「腋を締める」は「腋を閉じる」ではない。

「腋を締める」というのは、ざっくり言うと肩関節を外旋させる動きであると言っていい。

肩関節がしっかり外旋できていれば腋は閉じていなくてもいい。


「腋を締める」のイメージを掴むために一番簡単だと思う運動をしてみると。


こんな感じ。

かなり乱暴に言えば「腕を外旋させれば腋は締まる」と言っていい。


ホールドを持つときに当てはめると

小指に力を込める→腕が外旋しようとする→肩が外旋しようとする→腋が締まる

人差し指に力を込める→腕が内旋しようとする→肩が内旋しようとする→腋が開く

ということになる。


◯腋を締めるとどうなるか

先述した腋を締める運動をしてもらった状態(掌を前方へ向けて腕を下にたらした状態)で

上体を左右に動かしてみて欲しい。

特に意識をしなければ腕は体の動きとほとんど同調して動くはずだ。


逆に、そのまま手をひっくり返して手の甲を前に向けた(=腋が締まっていない)状態で同じことをすると、身体と腕は比較的バラバラに動くはずだ。

つまり、腋を締めることで得られる効果は「腕と体幹部の連動性が高まること」にある。

腕の独立した自由度を奪うことと言ってもいい。

腕の独立した自由度を奪うからこそ腕の「余計な動き」を抑制して肘や肩などを痛める要因を排除しやすいという見方も出来る。


◯小指に力を入れるのが正しい?

小指に力を込める=腋を締める→腕と体幹部の連動性が高まる。

ということをここまで書いたので、

じゃあ結論として

「小指に力を入れるのが正しいです」

と言いたくなるが、一概にそうも言えないのが難しいところでもある。

先述したとおり、腋を締める事は腕の独立した自由度を奪うことにも繋がる。

それはやはりデメリットとしても機能する。


◯遠い距離まで届くのはどちらか

これは実際に壁でやってみると分かるが

ギリギリ手が届くくらいのホールドに向かって

①腕を内旋させながら人差し指で触れに行く

のと

②腕を外旋させながら小指で触れに行く

のではあきらかに①のほうが距離を出しやすい。


◯壁との距離の違い

懸垂した時の姿勢を改めて見比べてみると分かるが、

小指側の場合よりも人差し指側の場合の方が壁との距離が近くなりやすい。

よって

・壁から距離を取りたい時

・ホールドを体の前で持ちたい時

は小指側に力を込めるのが良いと考えられ、

・壁にくっつきたい時

・ホールドを体の横(あるいは後ろ)で持ちたい時

は人差し指側に力を込めると良いと考えられる。


前傾壁で比較的ポジティブなホールドを保持している場合では小指側に力を入れた方が好ましい姿勢を取りやすいだろう。

垂壁やスラブ等で、下に効かせることでしか保持しきれないホールドを扱っているような、所謂「壁に入る」姿勢を強要させられる時には人差し指側に力を込めなくてはならない状況があるはずだ。


これは完全に推測でしかないが、

前傾壁では無類の強さを発揮するが垂壁スラブは苦手という人はナチュラルに小指側に力を込めて登っている傾向にあり、

逆に垂壁スラブでは全然落ちないが前傾壁で前後の動きを作るのが苦手という人はナチュラルに人差し指側に力を込めて登っている傾向にあるのではないだろうか?


◯違いのまとめ

人差し指側に絞る(内旋)

・壁にくっつきやすい

・腕力や肩の力で引くイメージ

・遠くまで手が届きやすい

主に垂壁・スラブ等で壁に貼りつく場面や、凹凸のある壁やハリボテ・ボリュームの下に入り込むような動きの際に有効?


小指側に絞る(外旋)

・壁から距離を取りやすい

・体幹の力で引くイメージ

・安定感が出る

主に前傾壁等で壁から距離を取って構える際や、強くホールドを引き込む動きの際に有効?


これらの違いを踏まえ、状況や自分の体質や体格、筋肉のつき方等に応じて使い分けることが出来ればクライミングの幅は広がるだろう。

例えば、ギリギリの遠い距離をデッドで出す一手のような状況で、

小指側に力を込め腋を締めた状態で構え、体幹の力を使って強く引き、狙う腕は内旋しながら次のホールドに向かい、ホールド捉える際に人差し指側に力を込めてホールドの下に入って止める。

といった、短い瞬間の中での使い分けの仕方も考えられる。

上腕の力や肩周りの筋肉が強固な人は基本的に人差し指側に力を込め続けるのがしっくりくるかもしれないし、腕よりも体幹の力がしっかりしている人は小指側に絞って体幹の力を動員するように登るのがいいかもしれない。


◯おわりに(個人的な嗜好)

ここまでそれぞれの違いを比べながら

「どっちも違ってどっちもいい」

というような書き方をしてきましたが、

筆者の個人的な嗜好としてはやはり

「小指側に力を込める」

のを基本としたほうが良いと思っています。

一番大きい理由としては、こちらのほうが怪我をしにくいんじゃないかということです。

僕は10年以上クライミングをしていますが、肩や肘周りに大きな故障を抱えたことがありません。

それに(はじめは無意識のうちに、のちに意識的に)小指側に力を込めることを基本として登ってきたからというのは大いに関係していると思っています。

また、相当な腕や肩の強さを持っていない限り、体幹を動員して動いた方が登りは簡単になるだろうし、

基本的には壁から離れた位置で構えて、前後の動きを意識してムーブを作った方が登りが簡単になるだろうと考えているからです。

壁に貼りついた状態を自分のベースの構えとして持つのは、視野も狭くなるし大きな動きを安定して生じさせづらいとも思っています。


ただ、人差し指側に力を込める事を基本として登っていて、故障も無く成果を上げ続けている方も多いかと思います。

そういった方に人差し指主体での登り方のコツのようなものを教わってみたいという気持ちもあります。

「みんな違ってみんな良い」でもなく「アレは間違いでコレが正しい」でもなく

それぞれの手法の特徴を細分化して分析して議論して好みも交えて細かく取捨選択していくことが、自分のクライミングを進歩させていくんだと思います。